2011年ヨーロッパ紀行 vol.60 |
サン・ミッシェル駅からメトロに降りました。
昨年の旅での半分の辛い記憶が蘇ると重たい呪縛にかかってしまっていた旅前から、ノートルダム病院へ御礼に伺えたことで全てが流れて心も身体も軽くなりました。
病院へ行くことで自分の中に貯まっていたその原因と思うある記憶も流すことが出来るのではとの確信もあったので、今年のヨーロッパ旅は最終地点のパリでノートルダム病院に御礼に伺うことがストーリーとなっていましたが、その後のスカッとし気持ちと軽い足取りが全てを物語っていました。
サン・ミッシェル駅からセーヌ川を超えてシャトレ駅で乗り換え1番線で1駅目のオテル・ド・ヴィル駅で降りました。
今日のこれからの予定は酒屋廻りを予定していて、最後にホテルにあるお酒を含めピラミッド駅にあるヤマト運輸へ行き、国際宅急便で送りをお願いしなければなりませんでした。
昨年ロンドンからベルギーに入り、ブリュッセル、ナミュールと廻り、ナミュールで体調を崩してからブリュッセル、パリと寝たきりだった為、国際宅急便を頼むのに楽なようにパリではピラミッド駅でホテルを予約してありましたが、お酒も買えなかったので結局国際宅急便を使うことはありませんでした。
昨年の悔しさから今年はパリ最終日に酒屋廻りをしたいと思っていました。
まずマレ地区のオテル・ド・ヴィル駅に降りたのは、ブルゴーニュ地方のボーヌに大きなカーブを持つマルセル・ボセッティさんのワインショップ「カーブ・ボセッティ」に向かう為でした。
お店の外のウインドーには旧いシャルトリューズリキュールのボトルが沢山飾られていて、ボセッティさんはシャルトリューズが好きなのが伝わってきて胸が高まりました。
カーブ・ボセッティに来たのはワインを買うのが目的ではなく、ブルゴーニュに力を入れるボセッティさんだからブルゴーニュの糟取りブランデーのマール・ド・ブルゴーニュのいい出逢いがあるのではないかと思っていました。
売場を見ていて美味しそうなワインが山ほど、宝物のように眠っていました。
個人的にワインは以前から大好きで、酒販店時代はワインアドバイザーの資格を取ったりワイン学校に卒業課程まで通ったり…、今でもよく飲むのと、店で提供するワインにも情熱を注ぎ込んではいますが、海外での仕入れとしてはワインだとグラス売りでも6杯しか取れないのと開けてからの提供出来る時間が限られているので、オー・ド・ヴィーの方がゆったりと時間をかけて1本で20人以上のお客様に楽しんで貰えるのと、国際宅急便を使う金額を考えると面白みからワインを仕入れる気持ちは今までも浮かんではきませんでした。
丁度お客さんもいなくボセッティさんと話も出来て名刺交換させて頂き、出逢いの旧いマール・ド・ブルゴーニュとフルーツブランデーを仕入れてお店を出ました。
次に向かったのはオテル・ド・ヴィル駅から1番線でコンコルド駅で12番線に乗り換えリュ・デュ・バック駅で降りました。
1度目のパリで行ったこのサン・ジェルマン・デ・プレ地区のリュ・デュ・バック駅には2軒予定がありました。
まず1905年創業で豊富なグラン・ヴァンに加え年代物のポートやアルマニャックが揃い、ボトルに名入れもしてくれる「リスト・デュペロン」に向かいました。
アルマニャックやボトラーズスコッチ、リキュールと色々試飲させて頂けるいい酒屋さんです。
かなりお値打ちだった1880年のマディラやヴィンテージ・ポートの出逢いがあり、購入し店を出ました。
そこから美味しそうな惣菜店に向かいました。
こじんまりとした個人店には注文とレジ待ちで並ぶ姿が前回も見ていましたが、お昼時も重なり狭い店内に行列が出来ていました。
冷蔵ウインドー側に列が出来ていて、欲しいものを何グラムといった感じで量り売りしているのですが、列から1人歩けるかという幅を横歩きしながら壁側に陳列されているお酒から、前回も購入した陶器瓶のリキュールが3種類ありました。
重たい陶器瓶も加わり、3軒分のボトルを両手に一度ヤマト運輸に向かうことにしました。
リュ・デュ・バック駅からマドレーヌ駅で14番線に乗り換えピラミッド駅で降りヤマト運輸に着き一度手持ちのお酒を預け、17時まで営業していることを確認し出て、歩いて「ル・グラン」に向かいました。
ガラス屋根に覆われたアーケード・パッサージュはパリに幾つも残っていて、18世紀後半には時代の最先端をゆくショッピング街としてパリ市民の注目を浴び、中には元来貴族の大邸宅の通路であったものもあり、ガラス屋根から漏れる光と邸宅内を歩いているような優雅な気分に浸ってしまいますが、ル・グランのあるギャルリー・ヴィヴィエンヌはパリの中で最も美しいと言われるパッサージュです。
パレ・ロワイヤルの庭園に面した「ル・グラン・ヴェフール」の方は、芸術家達に愛されたグラン・メゾンとしてのクラシカルな雰囲気が漂います。
向かった「ル・グラン・フィーユ・エ・フィス」は、1880年創業のワイン店でワインバーも隣接しています。
お店の外のウインドーにはグラン・ヴァンがドカンと並び高級感が漂っていました。
コニャックなどのブランデー類を購入しお店を出て、美しいパッサージュ内のベンチに座り少しの間優雅な気分に浸っていました。
高貴な雰囲気のギャルリー・ヴィヴィエンヌを出てオペラ大通りに戻り、マドレーヌ大通りまで歩き「ラヴィニア」に向かいました。
2002年にオープンしたワイン専門店のラヴィニアはヨーロッパ最大規模の面積を誇り圧巻です。
ラヴィニアで気になるカルヴァドスがありスタッフの方に説明を受けると、ノルマンディー出身の男性スタッフが一押しするカルヴァドスは帰国後開封してとても美味しいカルヴァドスでした。
マドレーヌ大通りからヤマト運輸まで歩いて戻り、ル・グランとラヴィニアで購入したお酒を預け、直ぐにホテルにあるお酒を取りにピラミッド駅からマドレーヌ駅、コンコルド駅、シャルル・ド・ゴール・エトワール駅と乗り換えをしテルヌ駅で降りホテルへ帰りました。
パリに到着して大きなリュックに入っていたエアーパッキンで梱包されたグラス類を一度全部出してリュックにスーツケースに入っていたお酒を詰め込み、段ボールに12本入ったコロとリュックの6本のお酒をヤマト運輸に持っていく為とんぼ返りしました。
コロと背中のリュックに入っている合わせて18本のお酒を地下鉄の乗り継いで運ぶのに一苦労で、汗をかきながらヤマト運輸に向かいました。
時計を見ると結構いい時間になっていたので急ぎました。
スペイン、ピレネー山奥、ビアリッツ、コニャックを経由してパリまで運んで来たお酒との出逢いを振り返りながらヤマト運輸にたどり着き、3ケースとなった国際宅急便の書類に商品名やアルコール度数など細かく書き終え全てが終わる頃には17時閉店を1時間オーバーしていました。
ヤマト運輸の方がとても良くしてくれ、ゆっくりで大丈夫と優しい心遣いに感謝しました。
御礼に手拭いを渡し18時にヤマト運輸を出てようやく酒屋廻りと国際宅急便の手配を終えました。