2011年ヨーロッパ紀行 vol.57 |










まさかチェックインしたホテルの前で行われていたローカルな骨董市での出逢いのグラスをホテルに持ち帰り、ベットの上に置いて慌てて地下鉄の駅へ向かい走りました。
テルヌ駅のホームに着くと最初にホテルを出て駅までの方向を教えてくれた日本人女性2人と偶然会い、同じ電車に乗り込みました。
お互いの話をしながら一緒に1駅次の凱旋門が駅上のシャルル・ド・ゴール・エトワール駅で1番線に乗り換えました。
女性のうちの1人はパリに住んでいて、
「もし地下鉄で迷ったら1番線を目指すといいですよ」
という話を聞きながら、途中で行き先が別となり僕は2駅目のフランクラン・D.ローズヴェルト駅でさよならを言い9番線に乗り換え、1駅先のアルマ・マルソー駅で降りました。
ホテルからたった4駅でしたが2番線、1番線、9番線と乗り継ぎとなりました。
ジュルジュ・サンク大通りとモンテーニュ大通りがセーヌ川沿いでぶつかるアルマ・マルソー駅を地上に上がり、モンテーニュ大通り沿いのシャンゼリゼ劇場に向かい開演の時間に着きました。
パリ8区に位置するシャンゼリゼ劇場は1913年に完成したアールヌーボー様式建築の代表作となるオペラ劇場で美しい内部の写真を旅前に見てとても楽しみにしていました。
オペラの演目はモーツァルト「イドメネオ」で、日本からチケットを取ってからCDを購入し、毎日聴き込んで物語に入り込んできました。
またガルニエ宮オペラ座に比べ、地元のファンが多いというシャンゼリゼ劇場で観れることも楽しみでした。
劇場に入りフロントで、インターネットでホームページから予約したので、ちゃんと予約出来たのか心配ながら印刷してきた予約書を見せると、すんなりとチケットに変えてくれ、入口で係員にチケットを見せて階段を上り席に向かいました。
また、今回のテーマはもう1つあり、どうしてもこういったヨーロピアン建築の劇場で1つの部屋から観るボックス席のバルコニーで観たいと思って指定し予約してありました。
2階から壁沿いに1つ1つの部屋からベランダのような感じに歌劇を観るバルコニー席は、18世紀に多く造られた劇場スタイルとして、貴族は年間を通して契約していたようなのもあり、そこから観るのに憧れてもいました。
劇場案内人の女性にチケットを見せると部屋まで連れて行ってくれ、開演直前でもう閉まっていた扉にカギを刺して開けて部屋に入ることが出来ました。
案内人の女性に手に持っていたチップを渡しました。
ヨーロッパの劇場では席を案内して貰った時にはチップを渡すマナーのしきたりを聞いていたので、日本人としてその国の文化に合わせたく思ってチップを手に用意しておいてありました。
チップを渡すと笑顔になった案内人は
「どちらからいらしたのですか?」
と聞いてきたので
「日本です」
と答えると
「日本は素敵な国で好きです」
と言いながら開演ギリギリの時間となり案内人は扉を閉め僕も席に座りました。
すぐに開演となり、モーツァルトらしい軽快な曲調の序曲から、待ちに待った「イドメネオ」が幕を開けました。
ボックスの空間は知らない人同士でも何となく連帯感が生まれる感じで、区切りのない広い空間で観るのと違い新鮮な感覚がありました。
幕間となり部屋を出てシャンパンを飲みに行きました。
グラスを片手に劇場内をプラプラと歩きながら見て回り、休憩が終わる頃となりバルコニー席に戻ろうとすると案内人の女性が鍵をあけてくれようとしたところ、先程案内してくれた女性が近付いてきて、その女性に何か話しながら代わって鍵をあけて案内してくれて
「最後まで楽しんで」
と笑って扉を閉めて出て行かれました。
モーツァルトらしいキャッチーで美しい合唱部分を聴くのも楽しみで、軽快なテンポの指揮がバッチリと填まり、心地いい興奮の連続でクライマックスまであっという間でした。
歌劇が終わり最後の挨拶では割れんばかりの拍手が鳴り響いていました。
バルコニーから出て1階に降りて劇場内の写真を撮りに向かいました。
舞台スタッフの若い男性は、イドメネオのキャッチーな合唱部分の口笛を吹きながら片付けをしているのを聞きながら、写真を何枚も撮っていると観客は誰もいなくなり、僕が最後に劇場を出ることになりました。
昨年パリで寝たきりで、オペラのチケットを取って楽しみにしていたシャトレ座でのベッリーニ「ノルマ」を観れず、咳き込みながらチケットをホテルのゴミ箱に捨てた悔しさをこれでようやくふっ飛ばすことが出来ました。