10月16日(日)

夜が明けるのがいつもよりゆっくりと感じる日曜日、ベランダに出てこれから太陽が昇る前の静かなフシニャックの朝を迎えた。
寝起きが良くないユキコちゃんを起こしに行くのが例年の楽しみでもあった。
ベットからダイニングまでおんぶして連れていくのを気に入ったようで、ダイニングにおんぶして行くとまたベットに戻っては「もう一回おんぶして〜」と甘える可愛いユキコちゃんを今年も起こしに行った。
「おんぶするよ」と言うと、少しの沈黙から「もう大丈夫」と言う寝起きながら恥ずかしさを垣間見る顔からも大人への成長と共に少しの寂しさを感じていた。
この日はユキコちゃんが10時から教会でのミサに参加するので、ローランさんの運転で5キロもない隣村シゴーニュの教会へ向かった。

その土地の庶民の生活や香りを感じることが出来る教会へは私も毎年参加し、その時間からその土地に溶け込みたいと目を瞑り、静粛な時間から神経を集中させた。

ミサ曲にはなぞるように私も声を出す。

あっという間の2時間が過ぎ去り12時となっていた。
車に乗り込むとローランさんは海へ行くとアクセルを踏み込み、大西洋へ向けて1時間のドライブとなったが、気遣いに長けたローランさんだけに私がイタリアで海に辿り着けなかった為に考えてくれた計画なのだろうか?と助手席に座りながら感じていた。
「イタリアで海に行けなかったから残念だった…」と車を飛ばすローランさんに呟くように言うと前を向いたまま「海沿いのレストランヘ行こう」とニコッと笑う表情はとても優しかった。
13時を回り、ボルドーを流れるジロンド川が大西洋に流れる大きな河口のメシェ-シュル-ジロンドに到着した。

車を降りると海風に乗った香りが顔にあたり、開放感ある空気をおもいっきり吸い込むと気持ちがいい。

河口沿いにあるレストランに着いた。

席に案内され店内を見渡すと年齢層が高く、穏やかな雰囲気が溢れた落ち着くレストランだった。

食前酒のピノ・デ・シャラントを飲みながら、

メニューを真剣に見つめるローランさんが選んでくれた豪勢なフリュイ・ド・メールがテーブルに乗り切らないほどの大きさで運ばれ興奮してしまった。

高さ20センチほどの台に乗った大盆に生牡蠣や塩ゆでした車海老や小海老、巻き貝、ムール貝が盛られ、くし切りしたレモンと紙に包まれたバター、カップに入ったマヨネーズが添えられたこの料理名を「プラトー・ド・フリュイ・ド・メール」と言い“海の幸の盆”を意味する。

デキャンタで頼んでくれた白ワインが進んでしまい、海の幸を突き合いながらのいいランチとなった。

食後の散歩でジロンド川河口沿いに出た。

徐々に川幅が広くなり大西洋に面して行く。

「地滑り危険」の標識がある崖沿いを降りようとなったが、

2人の子供達は足取り軽く崖沿いの階段を降った。

石灰岩質の細いデコボコ道を足を滑らさないよう進むと、

崖に穴が開いていた。

そこは石灰岩質の崖を掘って作られた洞窟住居であった。

一般社会から離れた小さなコミューンに入り込んだようだ。

時も世の情勢も全てが止まったここだけの世界から忙しかった日々を止めてくれたよう、非日常的空間が何か私にメッセージを投げかけているのを感じていた。

明日からコニャックの新しい造り手を慌ただしく廻り時間刻みのスケジュールを立てている中で、ふとした緩んだ時を貰うことが出来た。

潮風が気持ちいい。

小さなコミューンは私の旅を小休止させてくれていた。

雲の合間から海面を照らす太陽を受け止めるよう1人佇んでいると「行くよ〜」と2人の子供から呼ばれ追いついた。

浮かんでいる鴨までも時が止まった時間を演出してくれているように見えていた。

車に乗り小さなコミューンを離れたがその余韻が続く中、ローランさんはジロンド川が完全に大西洋に面したロワイヤンの海町で車を止めた。

リゾート地を感じる明るい海町にもまたゆったりとした空気が流れていた。

海辺ヘ向かうとさらさらの砂浜を歩いた。

多くの足跡が残る砂浜で足裏に集中するとそれを受け止める地球力を感じようと集中する。

海辺のカフェヘ向かうとローランさんはまた真剣にメニューを見つめる姿に心和んでしまう。

焼いたワッフルの上にアイスクリームと生クリームが乗った「キンダー」に癒され、甘いリゾートの香りが更に力を抜けさせてくれた。

海面に沈み行く太陽も止まったかのよう動かない。

17時半を回り海辺から車に戻ろうとフシニャックヘの帰途に着いた。

19時にフシニャックに帰ると太陽も沈まず待っていてくれたようだった。

オレンジと紫が混ざる幻想的なフシニャックの空をこれまでに何度見てきただろうか?
明日はフシニャックを旅立ちコニャック町中央のホテルを予約してあったのであるが、「ホテルをキャンセルして明日も是非うちで」と温かいお気持ちからホテルをキャンセルしていたが、明日またフシニャックで沈む夕陽を見れると思うと嬉しかった。

ピザとシェーブルチーズと生ハムをパンの上に乗せて焼いてくれたローランさんに今日1日非日常な時間をプレゼントしてくれたことに感謝していた。
今日の止まったかのような土地と向かい合った時間は、忙しない明日以降との相対から旅への集中力を高めてくれた。
自らの旅で大切にしていることが詰まっていた1日だった。
私の旅をいつも見てくれるローランさんの優しさは、真っ暗に包まれたフシニャックの夜を温めてくれてもいた。
だからこそフシニャックを第2の故郷と感じるのだろう。